SPECIAL
バトー「なあ今度映画にでもいかねえか」
少佐「本当に観たい映画は、一人で見に行くことにしているの。」
バトー「じゃあ、それほど見たくない映画は?」
少佐「見ないわ」

たとえば、音楽会に友人と行った時、日本人同士だと

* Aさん:「今日はよかったね。」
* Bさん:「本当に、よかったね。」

で会話が成立する。この会話は過不足ないものと感じられることが多い。

一方で、それが日本人とローコンテクスト文化圏の人(アメリカやヨーロッパ)だと

* 日本人:「今日はよかったね。」
* 欧米人:「どこが、どのようによかったの?」

と聞き返される。ローコンテクスト文化圏の人にとって、この返しは普通の返しだけれども、日本人にとってはびっくりする返しに感じることが多い。

幸せが足りないのではなく、愛が足りないのではなく、それを感じる心が足りない。世界にはたぶん幸せも愛も溢れてる。
ユニセフの方の話なのですが「人権ってのはわがままのことなんです」とおっしゃっていました。人権っていうと高等な概念を想定しがちですけど、要するに一人ひとりのわがままをいかに認めてあげるかということなのだ、と。もちろん、地球上全員のわがままが通ることはないですから、そこを調整するのが政治です。
その点Tumblrはいいよ アナーキーな感じが 誰もTumblrで社会が変わる!なんて言わないし なんかみんなで共感関係をゆるくシンクロさせてるし 馴れ合わないし”

- yarumi (yarumi) on Twitter (via yasunao) (via zoker) (via attrip) (via tanakamp) (via petapeta) (via lain65) (via plasticdreams)
タモリ ぼくが音楽を好きだというのは、
    意味がないから好きなんですね。